東京高等裁判所 昭和34年(ラ)90号 決定 1959年9月04日
抗告人 吉田久明
相手方 山梨秀一
主文
原決定を取り消す。
本件を静岡地方裁判所に差し戻す。
理由
抗告人の本件抗告の趣旨竝びに理由及びこれに対する相手方らの答弁は別紙のとおりであり、証拠として、抗告人は証人吉田正一の証言及び静岡県農政課長に対する調査嘱託の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、相手方らは乙第一、二号証、第三号証の一ないし五を提出した。
抗告人外七名の者が昭和二十九年三月二十四日原告組合の総会で理事に選任され、同月二十九日その旨の登記を受け、抗告人が組合の定款に基き理事の互選により組合長となり、さらに、昭和三十一年四月十五日右八名が再び総会で理事に選任され、同年五月十二日その旨の登記を受け、抗告人が前同様理事の互選により組合長となつたのに対し、昭和三十三年二月十七日相手方から原告組合と抗告人を被告らとして静岡地方裁判所に、抗告人が原告組合の理事及び組合長でないことの確認を求める訴(同庁昭和三十三年(ワ)第四四号)が提起され、その結果、同年六月二十六日抗告人が原告組合の理事及び組合長でないことを確認する旨の判決が言い渡され、これが確定したこと及び右判決の理由とするところが、昭和三十一年四月十五日の総会における理事の選任は農業協同組合法所定の選挙手続によらないで決議の方法によつたものであるから無効であり、且つ昭和二十九年三月二十四日の総会における選任が有効としても同法所定の理事の任期である三年を経過後であるから、抗告人は何れにしても原告組合の理事及び組合長ではないというにあることは、成立に争のない乙第一号証及び本件記録十二丁添付の判決確定証明書によつて明白である。すなわち、抗告人が原告組合の理事でないどする理由は抗告人以外の前記七名の理事にも共通するものであつて、右確定判決の効力はもとより抗告人以外の前記七名の理事には及ばないのであるが、右判決の理由によれば同人らも亦右理事たることを否定されているのであるから、裁判所において確定裁判によつてこのことが宣言された以上、右判決は同人らの理事としての職務執行を否定するものであり、従つて少くとも同人らは事実上理事の職務を執るに適しない立場にあるものといわなければならない。ところで、成立に争のない乙第二号証によると原告組合は定款により、組合は原則として組合長がこれを代表し、組合長は理事の互選によつてこれを定めることゝしていることが明瞭であるから、原告組合には結局理事の職務、従つてまた組合長の職務を執る者がないが、少くとも職務を執ることができない場合に当る(原告組合に登記簿上その理事となつている抗告人を含む前記八名の外に理事がいないことは、その定款である前記乙第二号証に理事はこれを八名とする旨の規定があることによつて明らかである。)ものとする外はないのであつて、これは民事訴訟法第五十八条により法人の代表者について準用される同法第五十六条第一項にいわゆる「法定代理人(法人の場合は代表者)ナキ場合」、または少くとも「代理権ヲ行フコト能ハサル場合」に該当するものと解するのが相当である。
よつて進んで、前記法条は「訴訟行為をしようとする者」についてその所定のような障害がある場合にもこれを拡張して適用しうるものであるか、どうかについて考えて見るに、法文には「法定代理人ナキ場合又ハ法定代理人カ代理権ヲ行フコト能ハサル場合ニ於テ未成年老又ハ禁治産者ニ対シ訴訟行為ヲ為サムトスル者ハ・・・・特別代理人ノ選任ヲ申請スルコトヲ得」(法人に関する場合は法定代理人とあるのは代表者、未成年者又は禁治産者とあるのは法人ということになる)とあつて、「訴訟行為をしようとする者」の側にその所定の障害のある場合については何ら言及していないのであるが、「訴訟行為をしようとする者」の側に前記のような障害のある場合に、その者のために特別代理人を選任する必要のあることは「訴訟行為を受ける者」の側にその障害のある場合と多く選ぶところはないのであつて、前者の場合にも本条に従い特別代理人選任の申請をしうべきことは大審院判例の是認するところである(昭和八年(オ)第二二五五号、同九年一月二十三日判決、昭和十四年(オ)第二八一号、同十七年四月一日判決)から、本件の場合にも他の要件が具備する限り、本件に従い原告組合の特別代理人選任の申請をするに妨げないものというべきである。たゞこのように解するときは本条にはこの場合申請権者を示唆するところがないから、この点について疑問を生ずるのであるが、社団たる性質を有する法人にあつては、その社員がこの申請権を有すべきは事理の当然であり、そして、抗告人が原告組合の組合員であつて社団における社員に該当するものであることは、静岡県農政課長に対する調査嘱託の結果によつて明瞭であるから、抗告人は本件特別代理人選任の申請権を有するものと解するのが相当である。
そこで最後に、原告組合の特別代理人を選任しなければ、原告組合は遅滞のために損害を被る慮があるかどうかであるか、証人吉田正一の証言と前記調査嘱託の結果とを総合すると、原告組合については、抗告人から昭和三十三年七月七日静岡県知事に対し農業協同組合法第四十一条の二に基き仮理事選証の請求がなされたが、その選任は前記八名についての理事の登記が抹消されていないとの理由で留保されており、しかも、この登記を抹消することは、右八名の間に軋轢があつて法技術的に早急に実現し難く、また組合員総会を開いてことを一挙に解決することも組合員の組合管理に対する無関心と反目のために容易でないことが窺われ、さらに、取寄に係る前記訴訟記録について見るに、その事件は、抗告人が前記確定判決を受ける以前に原告組合は被告に対し百五十万三千四十八円六銭の債権があるとして同組合を代表してその支払を求めたために提起したものであり、昭和三十四年二月二十四日弁論を終結し、本件特別代理人申請の結果を待つて判決の言渡となる段階にあることが認められるが、この事実はそれ自体前記法文にいわゆる「遅滞ノ為損害ヲ受クル慮アルコト」を疎明するに足りるものである。
よつて、本件申請は正当としてこれを許すべく、これに反する原決定は不当であるからこれを取り消し、なお、特別代理人の選任自体は原審をして行わせるのが適当であるから、主文のとおり決定する。
(裁判官 岡咲恕一 田中盈 土井王明)
抗告申立書
抗告の趣旨
原決定はこれを取消す。
原告静岡県特殊茶農業協同組合、被告山梨秀一間静岡地方裁判所昭和三十年(ワ)第一五号委託金等請求事件につき、原告の特別代表者として、然るべき者を選任する。
旨の御裁判を求める。
抗告の理由
抗告の理由は、抗告申立人が静岡地方裁判所に対し昭和三十四年一月二十六日附で提出した特別代表者選任申立書記載の通りであるから、ここに、これを援用する。
尚、抗告理由として追加主張すべき事項は、追つて書面をもつて開陳する。
抗告申立理由書
記
一、原決定は、「元来民事訴訟法第五六条所定のいわゆる特別代理人制度なるものは、相手方の救済のために存在するものであり、且つまた、農業協同組合法第四一条の二等にかんがみて、まだ申請人のために遅怠のため損害を受けるおそれがあることの疏明もあるとはいえ難い」との理由で本件申請を却下した。然しながら、原決定は左の理由により不当である。
二、民事訴訟法第五六条所定のいわゆる特別代理人制度は相手方の救済のためにのみその存在理由を限定されるものではなく、代理人(及び同法第五八条により代表者。以下同じ。)を欠いた者自体が原告(その他訴訟行為の申立人。以下同じ。)となる場合にもその存在理由があり、本制度の適用があるのである。
(1) 同法第五六条所定の特別代理人制度は、元来、未成年者(及び禁治産者。以下同じ)を被告(その他訴訟行為の相手方)として訴訟行為を為さんとする者(原告その他訴訟行為の申立人)が、被告の特別代理人選任を申請し、もつて、未成年者等を被告とする訴訟行為を可能にし、原告の利益を保護しようとすることが当初の立法理由であり、原決定所論の如くである。
然しながら検討を要するのは、本制度は、右の如く未成年者等を被告とする場合にのみその適用が限定されるか否かである。
本制度は、本来、未成年者等訴訟無能力者に特別代理人を選任し、もつて、訴訟行為を可能ならしめることが立法趣旨であるから、訴訟無能力者が被告の側であると原告の側であるとを問わず、本制度の適用ありと云うべく、未成年者等訴訟無能力者自身が原告となる場合にも本制度の適用があると解すべきである(同旨大審院昭和九年一月二十三日言渡判決。大審院昭和十七年四月一日言渡判決)。
右は未成年者及び禁治産者即ち、個人の訴訟無能力者の場合であるが、民事訴訟法第五八条により、法人の代表者については、個人の代理人に関する規定を準用する結果同法第五六条(前示)が準用になり、法人の代表者についても右の特別代理人の法理がそのまま適用され、代表者なき法人が原告となる場合にも特別代表者の選任は可能である。
そして、右の如く、個人又は法人が原告となる場合にその代理人又は代表者の選任申請は一般的に可能にして、単に、誰が具体的に申請人となるべきかの問題即ち、申請人適格の問題があるに過ぎない(後述(2) (3) 御参照)。
(2) 原決定の如く、未成年者等訴訟無能力者自身が原告となる場合には本制度の適用がないとする論拠は、主として、訴訟無能力者自身なんらの訴訟能力なき故、特別代理人選任申請能力それ自体がないと云うことの如くである。
未成年者及び禁治産者の場合には、右の論もあながち排斥し難く、それならばこそ、前記大審院判決も、傍論として、あるいは検事又は家族会が申請人なるべしと論示したりしておる如く、未成年者及び禁治産者の場合には、申請能力の点からして誰が特別代理人選任申請人となるべきか若干の検討を要するし、その結果によつては、未成年者及び禁治産者が原告となる場合に特別代理人を選任することは、具体的には、あるいは不可能となることもあり得るであろう。
然しながら、本件の如く、法人に代表者なく(又はそれと同視すべき場合)その特別代表者の選任申請をなすのはその法人と利害関係を有する個人であり、個人としては、その申請能力(訴訟能力)には疑問の余地はない(単に、具体的に申請人となつた者の申請の利益の問題があるに過ぎない。)。従つて、訴訟無能力者が原告となるにつき、未成年者及び禁治産者の場合は本制度の適用が疑問であるとしても、法人の特別代表者を選任申請することはなんら支障がないと云わなければならない。
(3) 右の如く、法人の特別代表者選任申請は一般的に可能であり、又、その申請能力もあるのであるから、具体的に、申請人が申請の利益を有するか否かにより、本件申請の適否を決すべきである。
本件抗告申立人は、本件組合に対し、多額の立替金債権があり、その回収は、実際上、組合から山梨秀一に対する本件訴訟(静岡地方裁判所昭和三十年(ワ)第一五号)の成否いかんにより影響されるところが極めて大であるので、右訴訟に対し、本件抗告申立人は直接深甚な利害関係を有する。更に極言すれば、組合が無力化し、実際上、有名無実の状態であつたので、右訴訟も本件抗告申立人が主として維持してきたのである。
抗告申立人としては、組合が適式の代表者をもつて右訴訟を遂行し、右山梨から金員を取立てることを期待すると共に、若し、右訴訟が代表者の問題で敗訴したら、前示立替金を組合から返済を受けることは出来ないのはもとより、組合に代位して右山梨に請求することも時効期間経過の故に為し得ず、結局、前示立替金は回収不能とする以外にはない。よつて、抗告申立人としては、組合の特別代表者選任に利害関係を有するのであるから、抗告申立人が本件申請人となることは、申請の利益があると云うべきである。
三、本件特別代表者選任がないときは、遅滞により抗告申立人は損害を受けるおそれがある。
右訴訟は原告組合の代表者の問題が先づ争点となり、被告山梨は大いにこれを争い、本案につき殆んど審理することなく、昭和三十四年 月 日結審され、事実上、本件抗告が解決するまでの間判決言渡が留保されている現状である。
特別代表者が選任されれば、特別代理人が従来の組合代表者(とされていた者)の訴訟行為を追認し、その他適当の措置を執ることにより、組合は右訴訟を遂行出来るが、然らずして、組合が代表者の問題で敗訴すれば、抗告申立人も立替金回収不能となり、著るしい損害を蒙るに至る。然るに、右訴訟の現状が右の如くである以上、遅滞なく特別代表者を選任されないと、組合はもとより、抗告申立人も著るしい損害を受けるのである。
尚、原決定は、農業協同組合法第四一条の二等にかんがみ遅滞のため損害を受けるおそれがあることの疏明もないと言うが、選任申請書記載の如く、行政庁が農協法に基づき仮理事を選任することも本件解決の一方策であることもとよりであるが、行政庁は抗告申立人等の申請にも拘らず仮理事の選任その他然るべき措置を執らず、そのためやむなく、抗告申立人は、本件特別代表者選任申請をなしたのであつて、農協法の右法条を援用して本件特別代表者問題を左右するのは、現実を無視し事実を離れた誤れる見解といわざるを得ない。
更に、損害を受けることの疏明は、右訴訟事件記録自体により明らかであり、本件原審は、右訴訟の受訴裁判所(民事訴訟法第五六条)であるから、常に右事件記録に接し、疏明は充分というべきである。
四、右の如く、原決定は違法不当であるからこれを取り消し、更に相当な御裁判を得るため本件抗告に及んだ次第である。
準備書面
一、抗告人は原告静岡県特殊茶農業協同組合被告山梨秀一間静岡地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一五号委託金等請求事件における原告たる静岡県特殊茶農業協同組合の組合長、理事吉田久明が右原告組合の理事及び組合長でないことを確認すると云う判決を昭和三十三年六月二十六日静岡地方裁判所において受け該判決は確定した右事実を以つて抗告人は本件協同組合の法定の代表者が欠けたる場合であると看做して特別代表者選任の申請を為し又その却下決定に対して抗告の申立を為しているのであるが右は全く法律の解釈を誤つているものである。
本件組合には組合長の外に副組合長あり又普通の理事があつて組合を代表して業務を処理することは定款第三十五条に規定せられた通りであつて同条によれば
「組合長はこの組合を代表し理事会の決議に従つて業務を処理する
副組合長は組合長を補佐し組合長事故あるときはその業務を代理し欠員のときはその職務を行う
理事は予め理事の互選により定めた順位に従つて組合長及び副組合長が事故あるときはその職務を代理し組合長及び副組合長欠員のときはその職務を行う」
右の如く規定せられてあるのであつて吉田久明が理事並びに組合長でないと決定せられたときは組合長欠員に当るときであるから副組合長がその職務を行うのである本組合には理事高田滋夫が副組合長として理事の内から互選されているのであるから吉田久明が組合長に非ざることが決定せられて後は副組会長高田滋夫が組合を代表してその職務を行う理であるから組合の代表者が無い場合には該当しないのである。
抗告人は吉田久明が組合長でないことの理由が理事全員の選任行為が無効であるから従つて吉田久明が理事並に組合長に非ずと決定されたのであるからその無効選任行為によつて理事となつた理事全員が失格して理事全員が欠員となつたものと解している様であるが右は法律解釈の誤りである。
確定判決主文は吉田久明が理事並に組合長でないことを確認すると云うだけであつてその既判力は他の理事に及ぶものではない。
又本組合員総会の理事全員の選挙無効確認は民事訴訟法の一般原則によつて訴訟当事者間において効力あるに止まり第三者たる他の理事に対してはその効力が及ばないのである。
株式会社においては此に反し総会の決議無効確認は商法第二五二条において商法第一〇九条第一項を準用してその判決は第三者に対しても効力あるものとせられているが此は商法第二五二条の特別規定があつて始めて第三者に効力を及ぼす理であつて農業協同組合法には特別に右の如き商法と同様な規定はなく又右の商法の特別規定を準用もして居らないのであるから民事訴訟法一般の原則に還つて総会の選挙無効は訴訟当事者に対してのみ効力を及ぼし第三者には効力を及ぼさないものであることは明らかである。
して見ると吉田久明の理事並に組合長に非ざることの判決の理由が吉田久明を合む理事全員の選挙無効によるものとすることにあつてもその判決理由は訴訟当事者に非ざる他の理事には何等の効力を及ぼさず他の理事は依然として本組合の理事であり又副組合長である理である。
然るに抗告人は本件の場合本組合に全然代表者無き場合として特別代理人の選任申請を為し更らにその却下決定に対し抗告するが如きは全く法律解釈を誤つたものであることは明かである。
二、抗告人は民事訴訟法第五六条の規定を当事者が原告として訴訟を提起する場合にも適用ありと主張しているが本条は相手方を救うための制度であるから此を原告の場合に拡充することは不当である。此の場合はまず実体法に従つて法定代理人又は法定代表者を選任してそれによつて訴訟を行うべきである。
抗告人は未成年者及び禁治産については特別代理人選任申請能力の問題で具体的には実行不可能となるかも知れないが法人の場合には法人に利害関係を有する者は何人も本申請を為し得ると述べているが甚しく暴論である未成年者及び禁治産者は兎も角も半分能力者なのであるそして後の半分の能力を補充するものが親権者、後見人等である。そして此等の保護者が何等かの理由で決定出来ない事情に在るとき尚且つ未成年者、禁治産者保護の必要があるとき万已むを得ず例外として原告に特別代理人選任申請権を認むると云うのが抗告人指摘の大審院判決主旨と考へる此の未成年者、禁治産者につき例外として認めると云う前記大審院の判決主旨を法人の場合に無制限に拡張解釈することは明かに違法不当である。
未成年者、禁治産者の場合は前記の如く本人に半分の行為能力があるが法人の場合は全く違い法人の代表権に関しては特別代理人申請者は全くの零である。
抗告人はその法人に利害関係を有する者は何人でも申請を為すことが出来ると論ずるが法人に利害関係を有するとする範囲は極めて広汎であり例へば膨大なる株式会社の一株主巨大な組合の一組合員としても皆その会社、その組合に利害関係を有する者であり申請の利益ありと云わなければならぬ。斯る場合にも全部原告として特別代理人選任申請許すことが正当なる法解釈であろうか。
法人に利害関係ありと云うことと法人の代表につき相当の権限ありと云うこととは強く俊別しなければならぬ。未成年者、禁治産者の場合は兎も角本人自身に半分の代表権限があるのであるから仮りに原告としての申請権を認むるとしても法人の場合は此を認むることを得ないのである。判例も人事訴訟について原告としての申請権を認むるものはあつても法人の場合について此を認めたものはないのである。
法人の場合は飽く迄も実体法によつてその代表者を選任の上訴訟を提起すべきである。
若し然らずして法人に利害関係あり申請の利益ありと云う理由の下に各自勝手に特別代理人の選任を認めて訴訟を起すことが出来るとするならば法人としては関係なき訴訟に引き込まれて思はざる損害を蒙ることを保し難いのである。
以上一般法人の場合に原告として本件申請権なきことを述べたが農業協同組合の場合には特にその申請権なきものと解すべき特別の理由がある。
農業協同組合は営利を目的とする会社なぞとは全く異なり農民の協同組織の発達を促進し以て農業生産力の増進と農民の経済的社会的地位の向上を図り併せて国民経済の発展を期することを目的とする農業協同組合法(同法第一条参照)によつて設立せられたものである。公益性が強いため商事会社等とは異なり主務行政庁から強く指導と監督を受けることになつて居り先づその設立が認可制である外同法に第五章として監督の章を設け詳細な監督規定を設けている中でも株式会社と違つて規定されているところは第九十六条において組合の総会の招集手続、議決の方法又は選挙が法令、法令に基いてする行政庁の処分又は定款若しくは規約に違反したときは一定条件の下に行政庁に当該決議又は選挙の取消し権限を認めていることである。株式会社においては総会の決議の取消しは裁判所に訴の提起を以つてしなければならぬことになつていることと対比して農業協同組合に対する行政庁の指導性が認められていることが理解出来る。即ち組合の総会決議取消しについては農業協同組合においては直接裁判所に民事訴訟は提起し得ないと解せられる。同主旨の下級裁判所判決例がある(岐阜地方昭和三〇年(ワ)第三二九号昭和三二年一月三〇日判決組合総会無効事件下級民集第八巻第一号一七四頁参照)
右の如く総会決議の取消しについて行政庁の指導性が認められるならば総会決議の取消し以上に重要事項たる役員全部の欠員等の場合に処する規定たる同法第四十一条の二の規定によつて行政庁が仮理事を選任し又は役員を選挙し又は選任するための総会を招集して役員を選挙し又は選任させることができると云う規定につき行政庁の指導性が認められなければならぬ。
役員の職務を行う者がないため遅滞により損害を生ずるおそれがある場合には先づ第一に同条により行政庁の処置が取らるべきである。行政庁により同条の処置が取られないからと云つて同条による行政庁の処置を飛ばして直接同法裁判所に特別代理人の申請を許すことは全く農業協同組合を営利を目的とする株式会社と同視し商法と農業協同組合法との差違を認識せず、就中農業協同組合に対する行政庁の指導性即ち農業協同組合法の立法精神を理解せざる謬見である。
三、抗告人は又吉田久明が右組合に対し立替金があり組合員山梨秀一に対しては組合より委託金の債権があるから山梨に対し委託金請求をしなければ遅滞による損害を蒙るとて種々述べているが事実は正に正反対であつて吉田久明は何等の損害を蒙らず却つて自己個人の損害を組合の損害に転化していることか明らかであり此の事は昭和三〇年静岡地方裁判所(ワ)第一五号委託金請求事件の各証人の証言によつて立証できる。
即ち昭和二十九年三、四月頃本組合の役員会が開催せられ昭和二十七年度及び昭和二十八年度の営業報告及び決算報告が提出せられたが右両報告書には吉田久明個人の事業の会計分と組合の事業の会計分とが混同せられて役員会としては両報告とも承認を与えることは出来ないから右両報告書は作りなおして再度役員会に提出してその承認を受けるよう決定を見たのである。然るに吉田久明は右役員会の決議に従わず報告書記載の修正をも為さず右計算を基礎として組合員山梨秀一に対し委託金請求の訴訟を提起したのであるが右請求訴訟を起さなければ吉田久明が損失を蒙るとか又は組合が損失を蒙るとかと云うことは各役員の否定する処であつて前記委託金請求事件における証人国持史郎、同高田滋夫、同池ケ谷桂作、同大沢寿吉の各証言によつて此を立証することが出来る。
抗告申立人は本組合に対して立替金の請求債権があり此の立替金を組合から回収するについては組合が組合員たる山梨秀一に対する委託金請求訴訟で山梨秀一から組合の委託金を回収して貰う必要がありその訴訟の追行の為に本件特別代理人申請を為すと云うのであるがそれならば吉田久明は先づ第一組合に対して立替金請求の訴訟を為すべきではないかそうして山梨秀一に対して組合が債権を有するとするならば吉田久明は山梨秀一に対して債権者代位権により請求訴訟を提起する以外方法はない。吉田久明が組合に対し請求訴訟を提起する場合は正に特別代理人申請を為し得る場合であるが此の場合も既に第一項において述た如く組合を代表し得る副組合長及び理事が存在するのだから申請の要件を欠く又債権者代位権行使の場合は吉田久明は山梨秀一を相手に自己の名において訴訟を提起するのであるから組合代表者の問題は起きない。
次に仮りに吉田久明が損害を蒙る虞ありと仮定しても正式に組合代表者を選定していては遅滞により損害を蒙ると云う疏明がなければならぬ。然るに吉田久明が理事並に組合長に非ずとする判決を受けたのは昭和三十三年六月二十六日であり既に一年余り経過している。本組合の組合員は全員で僅かに廿名に過ぎずその廿名の組合員も全部静岡県下に住所を有し僅かに一日又は二日で郵便が到達する場所に居住し正式に組合総会を招集して代表者を選定しようとすれば四、五日の余裕又は多く見積つても一週間もあれば充分にその時間はあるのであるにも拘らず今日迄一年間組合総会も役員会すらも一回も開催して居らぬ開催せぬと云うのはその必要を認めないから開催しないのでもあるが此の事実から見ても吉田久明が本組合の代表者を正式に選定する手続を経ていては遅滞による損害を蒙ると云う主張は明かに不当であることがわかる。
此の点について尚一歩考察を進めれば本組合の設立せられたのは昭和二十七年五月であり組合は僅か一年間事業を行つたのみで昭和二十八年度から事業を休止して了つたのである。吉田久明の組合に対する債権又は組合の山梨秀一に対する債権が夫々ありと仮定してもその債権は昭和二十七年度遅くも昭和二十八年始めには判明していた筈である。然るに吉田久明が組合を代表せりとして山梨秀一に請求訴訟を起したのが昭和三〇年一月十八日である今日より算へれば既に四年半も経過している。
右のような事実から見て組合の正式代表者を選定していては遅滞による損害を蒙ると云う申立人の主張は全く理由がないと云うべきである。
以上何れの点から見ても抗告申立人の主張は全く理由がないことを陳述致します。